UT×ZTT RECORDS

ZTT RECORDS 80年代に革新的なサウンドで世界中を席巻し、設立25周年となった現在でも熱狂的な
ファンをもつUK屈指の名レーベル。フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド、アート・オブ・ノイズ、808ステイトなど時代を象徴する衝撃的なアーティストを多く輩出している。レーベル・オーナーは、世界的ヒットを生み出す敏腕プロデューサー、トレヴァー・ホーン。UTでは、6柄のコラボレーションTシャツを実現。

808 State

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808 State

マンチェスターから飛び出した英国テクノ/ハウス界のヒーローたち。現地では著名な存在だったグレアム・マッセイと、マーティン・プライス、そして現在も第一線で活躍するア・ガイ・コールド・ジェラルドという3人がタッグを組んで曲作りをはじめる。初期はアンダーグラウンドなアシッド・ハウスばかり作っていたが、ZTTと契約して「パシフィック」が超ヒットして以降はよりメロディックな方向へシフトしていく。メンバーもジェラルドが抜けたかわりに、アンドリュー・バーカーとダレン・パーディントンの2人が新たに加わった。中期以降はビョークやバーナード・サムナーをゲストに迎えた曲など、それまでダンスアクトではなしえなかった素晴らしい歌ものを作り上げ、ポップスやロックのリスナーにも大きな影響を与えた。彼らのアルバム『90』によって怒濤の90年代が幕を開け、ダンスミュージックの時代 がやってきたと言っても過言ではない。また、そのユニークなグループ名は、ローランドのドラムマシンTR-808から名付けられたことも有名。

808 State

Art Of Noise

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Art Of Noise

本来裏方の録音エンジニアやスタジオミュージシャンといった人たちが、当時最新鋭の技術であった“サンプリング”を前面に押し出し、車のエンジン音や物を叩く音など身のまわりのノイズを再構築することで音楽に仕立て上げ、「騒音の芸術」を生みだした革新的グループ。83年のデビュー当時はZTTレコードのボス、トレヴァー・ホーンの覆面ユニットであるなど、プロフィールが明かされずライヴも行わない謎のアーティストだったが、後に、トレヴァーの指揮の下、アン・ダドリー、JJ・ジェクザリク、ゲーリー・ランガン、そしてブレーン的にジャーナリストのポール・モーリーが参加していたことが明らかになる。 基本的にはヒップホップにも影響を与えたという重いビートのミニマルなダンストラックの多いアート・オブ・ノイズであるが、美しくメランコリックな「モーメンツ・イン・ラヴ」という代表曲もある。これは、数々のCMなどに起用されたほか、マドンナの結婚式で使われたことでも有名。また後年の「レッグス」は、ミスター・マリックのテーマ曲としても有名だ。

Art Of Noise

Frankie Goes To Hollywood

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Frankie Goes To Hollywood

ヴォーカルのホーリー・ジョンソン、バックヴォーカル&ダンスのポール・ラザフォードらを中心としたリヴァプール出身の5人組バンド。83年のデビュー曲「リラックス」は過激な歌詞とビデオで本国イギリスでは放送禁止になるが、その話題も手伝って6週にわたり全英1位を獲得する。この曲はその後も売れ続け、日本でもテレビ番組やCMで使用されるなど、80年代を代表する曲である。その後も彼らはゲイであることを公言したり、冷戦時代の米ソ関係を題材にするなど、政治や性に対して挑発的であり続ける。そしてリリースされた「トゥー・トライブス」「パワー・オブ・ラヴ」「ウェルカム・トゥ・ザ・プレジャードーム」など、タイプの異なるシングル曲はいずれもヒットを記録した。 また、MTV時代を象徴するように毎回凝ったビデオを作り、DJカルチャーを先取りしたいくつものヴァージョン違いが収録された12インチシングルを多数出すなど、所属レーベルZTTのその後の方向性を決定づける活動を行った。代表的アルバムは、当時アナログ盤2枚組でリリースされた大作『ウェルカム・トゥ・ザ・プレジャードーム』。

Frankie Goes To Hollywood
Frankie Goes To Hollywood

PROPAGANDA

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ドイツはデュッセルドルフで結成された5人組のエレポップ・バンド。アバを意識したということからもうかがえる徹底したポップセンスとドイツらしい重厚なエレクトロニクス、そして84年のデビュー曲でフリッツ・ラングのカルト映画「ドクトル・マブゼ」を題材にするというあたりのゴシック趣味が渾然となり、本国はもとより、イギリスやフランスでもヒットを記録した。実質的なプロデュースはトレヴァー・ホーンではなく、彼を陰ながら長年支えてきたステファン・リプソンが行っているが、それがかえってよかったのではないかと感じられるアルバム『シークレット・ウィッシュ』は、今でも信奉者の多い傑作だ。その後は、数多くのヴァージョン違いやリミックスをシングルでリリース。また、ZTTのアーティストとしては珍しくライヴに力を入れ、アメリカまでツアーした。デビュー当時にまだ19歳だった女性ヴォーカルのひとりクラウディア・ブルッケンは、ZTTの運営者のひとりポール・モーリーと結婚し、プロパガンダとしてはもちろん、グループを脱退した後もソロやコラボ作、そしてACTというユニットなどを通してZTTとの関係性を維持し、また積極的に活動を行った。

OFFICIAL WEB SITE

third ear
エレクトロニック・ミュージックを中心に進化し続ける国内外の
作品をリリースする音楽レーベル!
音楽とアートの複合イベント<sonarsound tokyo>も主催。

ARTIST COMMENT

  • 石野卓球
    石野卓球

    Yo!ノイズの芸術!冴え渡る技術!
    これぞ真実の錬金術!チェキラッ!

  • MOODMAN
    MOODMAN

    ZTTは、当時中学生だった僕に、 12インチというアートフォームのドキドキをはじめて教えてくれたレーベルです。

  • 田中知之(Fantastic Plastic Machine)
    田中知之(Fantastic Plastic Machine)

    ZTTレーベルやトレバー・ホーンにティーンエイジャーの頃に出会っていなかったら、僕はファンタスティック・プラスチック・マシーンにもDJにもなっていなかっただろう。

  • SUGIZO
    SUGIZO

    ART OF NOIZEもF.G.T.H.も大リスペクトなアーティスト。再発を超楽しみにしてます!

  • 大沢伸一
    大沢伸一

    80年代最も重要なレーベルの一つ、
    なんで忘れられてたんだろ??

  • ケンイシイ
    ケンイシイ

    ZTTレコーズのアーティストの中でも、当時、最も強烈な驚きを与えてくれたのは808ステイトだった。彼らの作品がDJだけでなく、ロックバンドにも大きな影響を与えたのも理解できる。アルバム『90』はダンス・ミュージックの歴史に残る金字塔だ。

  • 水口哲也(元気ロケッツ・プロデューサー)
    水口哲也(元気ロケッツ・プロデューサー)

    80年代の終わり、ウィリアム・ギブソンの「ニューロマンサー」やイタリア未来派の思想にやられていた僕は、Art of Noiseの音楽を何度も聴き、Art of Noiseの映像をビデオテープが擦り切れるまで何度も見た。ちょうどアナログからデジタルに変わる時代。新しい表現が一気にやってきた時代のまさに急先鋒。今でもまだ新鮮です。復刻版を発売してくれて本当に感謝!

  • 砂原良徳
    砂原良徳

    ZTTレコーズの中で、最も衝撃を受けた アルバムはArt of NoiseのWho's Afraid of...!です。 中2の頃某ラジオ番組にてIn To Battle (12インチシングル)のBeat Boaxを聞いたのが最初だったと思います。サンプラー使い方の斬新さが魅力的でした。彼らから受けた影響はとても大きかったと 思います。

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